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昭和の木造建築 祖父母の思い出 谷中霊園

昭和の木造建築を見るとなぜかホッとします。昭和の人間だからでしょうか?古くなった木目は味があり最近の家にはない日本の香りを感じます。

上野方面から谷中霊園に入る道の横にある昭和の木造建築です。
$生涯学習!by Crazybowler-谷中霊園の側
懐かしい祖父母の家もこんな感じでした。祖母が亡くなった歳に取り壊し土地を売却したそうです。これによって母が楽に老後を暮せる様になり安心した事を覚えています。

父は少し前に他界しましたが、生前はお金とは縁遠い人でした。自営業でボランティアみたいな事ばかりしていた父です。その代りか父の回りに多くの人が集まっていました。

人生って分からないものですね!

金がない家だったのに母は老後を楽に暮らせます。好きな旅行もできます。大変有難いことです。



私は家が近かった母方の祖父母に影響を大きく受けました。幼稚園に上がる前は時間があれば祖父に連れられ東京の名所と呼ばれる所へ行きました。

ほとんど記憶には残っていませんが…。今、私が東京の歴史に興味があるのは自然な事かもしれません。

ちなみに祖父は明治生まれ頑固爺でした。70歳を超えても某建築会社で嘱託として働き続けました。戦後は夢を捨て家族を養うため硫黄島や沖縄へ行き復興のために働いていました。

それもあってか私は小さい頃から戦争の本を数多く読みました。



祖母は大正の女でハイカラで加えてミーハーでした。東京生まれらしく性格はドキッとする程きっぱりしていました。

父を幼い頃に亡くし片親の偏見と闘っていた青春時代があったそうです。子供の頃に父の実家がある山口県の大島に移りました。

亡き父親の親族が面倒を見てくれ女学校を卒業したそうです。

私は山口で8年ほど仕事をしましたが、行く事を決断させたのは亡き祖母でした。



今は祖父母もこの世になく、昭和の建物もほとんど見られなくなりました。ただ、気質やら精神の様なものは受け継いでる気がします。私の中にそう感じる物があります。

昭和の建物を見ると普段は心の底にあるものが表面に上がって来てホッとするのかもしれません。

今でも思うことがあります。戦争を切り抜けて来た人達は強い!まるで心に一本のしっかりとした芯がある様でした。

今は残念ながらそんな人に出会う事もほとんどありませんね。

ほいじゃ
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