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発展と衰退の跡 足尾銅山 旧古河鉱業㈱足尾事業所

明治維新から現在までの発展と衰退の跡を見る事ができます。

足尾銅山が発見されたのは1610年の事です。明治維新後に古河市兵衛が寂れた銅山を買い取ったのは明治8年(1875)です。

それから12年後には国内銅産の40%を出量する日本一銅山となり、大正時代に入ると古河鉱業が設立され採掘と製錬技術を発展させ巨大財閥へと成長して行きました。

古河機械金属㈱足尾事業所、足尾製錬㈱足尾製錬所は事実上休止状態です。

古河機械金属株式会社(旧古川鉱業株式会社)
〒100-8370 東京都千代田区丸の内2-2-3
創業:1918年(大正7年) 創業者:古河市兵衛
代表取締役社長:相馬信義(16代)
資本金:282億0818万2500円
売上高 連結:2,134億円 単独:285億円
従業員数 連結:2,704人 単独:214人

第2次世界大戦後に財閥解体が行われましたが今でも古河グループは健在です。

古河三水会
理事会社:古河機械金属、古河電気工業、富士電機ホールディングス、富士通、横浜ゴム、ADEKA、日本軽金属、日本ゼオン、朝日生命保険、みずほコーポレート銀行の10社
会員会社51社、準会員会社1社の計62社

富国強兵、いざなぎ景気に貢献したことは疑いの余地はありません。同時に日本初の大規模公害「足尾鉱毒事件」の加害者でもあります。

現在は最盛期の勢いはありませんが巨大グループとして日本の産業界に大きな存在感を示しています。

個人的には工場内が見たい!そのためには足尾銅山が世界遺産登録され整備する予算が必要です。

ほいじゃ

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