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仏教から学ぶこと 増上寺と門の距離

「江~姫たちの戦国~」の所縁(ゆかり)の地である増上寺は仏教の教えを物理的に表現した場所でもあります。

この機に日本の文化を形成した仏教の教えを今一つ見直してみてはどうでしょう。

人としての幅が広がるかもしれません。
生涯学習!by Crazybowler-三解脱門 増上寺
<増上寺の門と大殿の距離関係>

108間(大門から三解脱門までの距離)
 ⇒百八の煩悩

三解脱(三解脱門)
 ⇒貪(むさぼり)、瞋(いかり)、痴(おろか)からの解放

48間(三解脱門から大殿まで)
 ⇒四十八願

 =法蔵菩薩 が仏に成るための修行に先立って立てた48の願のこと
  (浄土教の根本経典である『仏説無量寿経』の説かれる内容)

ある意味仏教のテーマパークですね。


三解脱は煩悩の中でもっとも人を苦しめる三毒を放棄するを説いています。

 「貪り」=人や物事に対してむさぼり、執着する心

 「瞋る」=人や物事に腹を立て、怒る心
 +辞書には「怒って目をかっと見はる。相手をにらみつける。」とあります。

 「痴」=愚かで真理道理に暗く、無知な心
 +辞書には「①愚かなこと。また、その人、②三毒の一。無明(むみょう)であること。」とあります。

無明ってなんだろう?調べてみると、

 「無明」=迷い

無明に関する記述は、

 「すべての苦は無明(迷い)が原因になる煩悩から発生、智慧(知恵)によって迷いを破り煩悩を消滅させる。」

智慧は仏典の中にあるそうですが別に気になる事が!

 「我というものが存在するという見解が無明(迷い)」

我という考え方はそれ自体が迷いそのものと言うことでしょう。実際、「自分らしさ」や「個性」というのは他の人がいて初めて生まれるものです。

 「無常であるものを常にある物事として見ると、それが失われると苦しみを生じる。」

もっともな事です。物も心も変わり行く世界に生きている私たちが何かを常にあると幻想した時点で苦しみが生まれます。



アメリカの大学で宗教比較論を学んだ時に仏教の究極の真実(Ultimate Reality)を学びました。

 「Void(無)」です。

日本では聞いたことがない話でした!なぜ、アメリカで教えて日本では教えないか疑問に思いました。

ただ、この時に平家物語の「諸行無常の響きあり」という言葉を思い出しました。


生涯学習!by Crazybowler-四菩薩像 増上寺
徳川家霊廟の前に1258年の作と伝えられるお地蔵さんがあります。もとはこの場所の西北、地蔵山に安置されていました。西向き観音像とは逆の東向きでした。

(右から)
普賢菩薩(辰年守本尊)
地蔵菩薩(子育地蔵)
虚空蔵菩薩(丑寅年守本尊)
文殊菩薩(卯年守本尊)



最近、町にお地蔵さんがいなくなりましたね。子供の頃に手を合わせた記憶があります。

日本人の中にある仏教の心が失われて行く気がします。

残るのはビジネス化した葬儀、墓地だけの仏教です。

今だからこそ仏教の本質を知り生活に役立てることが大切なのかもしれません。


未曾有の危機に直面した日本には動乱期や災害・疫病の時期を共にした仏教の教えが良い処方箋になると思います。


ほいじゃ
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