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夏、山で

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山のなか
ふと見る先に
カマキリが
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ローマの暗渠蓋の上を歩ける谷間【ローマフィールドワーク】

ローマの暗渠蓋の上を歩ける谷間はサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ通り(Via di San Giovanni in Laterano)にある。歩道には2パターンの鉄製暗渠蓋がある。暗渠蓋をきっかけに1世紀頃の谷の深さと他の暗渠が見えてきた。
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ通りの暗渠蓋(ローマ)
ローマの丘からテヴェレ川へそそいだ水が作った支谷のひとつで7つの丘のひとつ「チェリオの丘」とオッピオの丘(7つの丘のひとつ「エスクイリーノの丘」の南尾根)の間にある。
ローマ古地図
コロッセオから谷間の通りを300mほど登ると過去の遺構の上に建つサン・クレメンテ教会(Basilica San Clemente)がある。教会付近で通りを横からみると窪地になっているのが分かる。
サン・クレメンテ教会の谷間(ローマ)
12世紀の教会の下には4世紀の教会の層、さらに下には1世紀前半の遺構と2世紀後半のミトラ教会の層がある。そして第4層にはネロの大火(AD64年)で焼けた建物の遺構がある。

1世紀頃の谷間は現在より約20m下だったことが分かっている。
サン・クレメンテ教会と暗渠(ローマ)
サン・クレメンテ教会の地下が発掘されたのは1857年以降のこと。20世紀初頭まで教会の最下層に湖の様なおおきな水たまりがあった。1912~1914年の発掘作業でラビカナ通りの地下12mに長さ700mの排水溝が作られた。
最終的に古代ローマの下水道「クロアカ・マキシマ(Cloaca Maxima)」へ接続されテヴェレ川へ排水されている。(この内容は次回)
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ通りの暗渠蓋(ローマ)
教会の最下層で音を立てていた水が暗渠蓋のある通りに一部流れているかは不明。また、地下に湧き出る水の正体も未だ不明だ。可能性として埋もれた地下の泉かローマ時代の水道の水で今も谷間の道を流れているのかもしれない。

テーマ : 海外旅行
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チルコ・マッシモ(Circo Massimo)【ローマフィールドワーク】

パラティーノの丘から見たチルコ・マッシモ(Circo Massimo)。ローマ7つの丘であるパラティーノの丘とアヴェンティーノの丘の谷間にあった古代の円形競技場。名前は「最大の競技場」という意味。
パラティーノの丘から見るチルコ・マッシモ
紀元前7世紀終わりから紀元前6世紀に作られ549年に役割を終えた。15~30万人を収容できたとされ戦車レースや運動競技が主に行われた。長さは640m、幅は120m。
パラティーノの丘から見るチルコ・マッシモ
現在はイベント会場やコンサートなどに使われる野原になっている。訪れた日に東側のエリアでイベントが行われていた。西側の敷地ではモレッタ塔の横で発掘作業が行われている様だった。
パラティーノの丘から見るチルコ・マッシモ
敷地の向こうに見えるカラカラ浴場が魅力的だった。
パラティーノの丘から見るカラカラ浴場

テーマ : 海外旅行
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カンポ・デ・フィオーリ広場【ローマフィールドワーク】

カンポ・デ・フィオーリ広場はスリバチナイト2で話題に出た場所は2014東京スリバチ学会ローマフィールドワークの際に前夜祭が開催された広場だった。
カンポ・デ・フィオーリ広場(Campo de' Fiori)【ローマ】
集合前に広場を一人で訪れた。一体の銅像に興味を抱く。1600年に異端とみなされ火あぶり刑に処せられたジョルダーノ・ブルーノという哲学者なのだと後から知った。この広場が処刑場だった。銅像は1869年製。

花畑【フィオーリ(Fiori)+カンポ(Campo)】の名を持つ広場は複数の顔を持つ。本当にお花畑だった15世紀まで、高級住宅地になった16世紀、1600年から1869年まで処刑場だった。その後は市民の市場となる。
カンポ・デ・フィオーリ広場(Campo de' Fiori)【ローマ】
現在は日曜日以外、午前中に市場(メルカート)が開かれテントが所せましと並んでいる。
カンポ・デ・フィオーリ広場(Campo de' Fiori)【ローマ】
夕方から深夜までは一変し若者も集まる飲み屋街と化し明るい声が絶えない。
バウラッリ通り(Via dei Baulari)【ローマ】
カンポ・デ・フィオーリから伸びる複数ある通り。その一本であるバウラッリ通り(Via dei Baulari)で集合直前に飲んだ。妙な事にローマというより日本にいるような気分だった。

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

変態動物~生命の神秘!オオクワガタが蛹から成虫への羽化を追ってみた

3年連続で父を超えた。「父のサイズ=子のサイズ」と考えがちだがそうではないかもしれない。66㎜の自分でブリードしたオスと調達した阿古谷産の45㎜から72㎜と70㎜のオスが生まれた。
オオクワガタ オス72㎜
18頭いた同腹幼虫のうち最後の1頭だけが1か月以上遅れて羽化を始めた。
オオクワガタ 蛹
(7/7 0:30)
蛹の状態で人工蛹室へ移した。元々の理由は観察ではなく蛹室が壊れたためだった。
オオクワガタ 蛹 羽化直前
(7/18 14:57)
蛹が赤みががると羽化の兆候だ。この赤さに生命の神秘を感じる。
オオクワガタ 蛹 羽化準備中
(7/19 14:08)
しわに注目!柔らかい蛹の表面が乾燥してくる。脱皮が始まる兆候だ。

ここから暫くは映像で紹介。脱皮→甲皮、羽、腹部が見える→羽が伸びる(およそ1時間分の映像)
オオクワガタ 羽化中
(7/19 23:31)
もじもじしながらの脱皮を終える。悶えながら変態する様はまさに生命の力。
オオクワガタ 羽化中 あごが前に出始める。
(7/20 2:55)
腹側に巻き込んでいたアゴを前に出す工程に入る。腹節が大きく甲皮の中に収まるか心配。
オオクワガタ 羽化直後 赤い
(7/20 19:57)
アゴが前に出終わっていた。心配だった腹節も甲皮の中に収まっていた。赤い成虫はこの時期だけ。
オオクワガタ 2014年7月生まれ 69mm
(7/25 8:00)
4日以上も経過すれば成虫は本来の黒い姿になる。細かく観察すると一部で赤みが抜けていない。その後、計測するとサイズは兄弟3番目の大きさ69mmだった。

まさに変態動物ならではの生命の神秘!写真を時系列で並べまとめてみると蛹から羽化へ変化する中で細かい変化も気付けるようになる。

今度は50㎜前後の大型良血のメスを種虫にして4年連続の父超えをやってみようと思う。

その時はさらに詳しく観察したい。そのための機材も準備せねば!

テーマ : オオクワガタのブリード
ジャンル : ペット

釈迦堂の切り通し【鎌倉フィールドワーク・プロローグ】

釈迦堂切り通し(鎌倉)
鎌倉の釈迦堂切り通し。普通のメンバーでは行けないハードコア・フィールドワークのクライマックス。穴の開いたまま放置された柵を抜けるとある。巨大な岩に開いた穴は人の手によるものだ。鎌倉の切り通しの中でも最も見応えがある。夏の下草を心配したがそれほどでもなく、むしろ他の地図にない道を抜けた行程のほうが冒険感があった。

年始の目標に「鎌倉」と書くも3年間いけず。今年になってすでに4回目。5回目も本年中にあるだろう。まとめブログもそろそろ手を付け始めないと…。

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

前橋の歴史と地形・風呂川(4)【前橋フィールドワーク】

風呂川沿いの歴史的価値ある場所の2回目は臨江閣。明治天皇が行幸した際に宿泊された部屋が残る。ちなみに群馬への天皇行幸は江戸時代までなかった。
臨江閣(前橋)明治天皇行幸の際の宿泊した部屋
本館は迎賓館として明治23年の竣工し戦争中の前橋空襲の被害を受けず昭和20から29年まで仮庁舎として使われた。
臨江閣(前橋)別館廊下
隣に明治43年に建てられた別館は本館よりも大きく一府十四県連合共進会(物産展)にの会場となった。その後は大公会堂として使用されている。
臨江閣(前橋)別館
2階には180畳(舞台込み)の大広間がある。廊下の赤、窓枠の深みのある茶、そして長さは見事としか言いようがない。

毎年恒例の「上毛かるた」の決勝戦の会場としても使われているそうだ。

テーマ : 国内旅行
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前橋の歴史と地形・風呂川(3)【前橋フィールドワーク】

風呂川沿いの歴史的価値ある場所を紹介。まずは一級スリバチの中にある遊園地「るなぱあく(前橋市中央児童遊園)」。
もくば館(るなぱあく 前橋市中央児童遊園)
「もくば館」は1954年製で国の登録有形文化財に登録されている。未だ現役だ。「るなぱあく」の前身である「前橋市中央児童遊園」が開園になったのは1954年だからその時から動き続けていることになる。

料金は1回10円と激安。残念ながら大人は座れない。
るなぱあく 中央児童公園(前橋)
ちなみに「るなばあく」のスリバチは江戸時代の前橋城空堀、明治時代の赤城牧場(搾乳目的)である。大正時代に入り市有地となり公園となった。
もくば館(るなぱあく 前橋市中央児童遊園)

テーマ : 国内旅行
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前橋の歴史と地形・風呂川(2)【前橋フィールドワーク】

風呂川 柳原の堤(前橋)
人工的に傾斜を作るため土手の上に通された風呂川も時代ともに一部で暗渠化されている。るなぱあく(中央児童遊園)を北西に進むと土手は崩され道路が通されている。
風呂川の土手(前橋)
道は前後の河道より低くサイフォンの原理で水は組み上げられていると考えられる。さらに北進すると「柳原の堤」がある。道路より2mほど高く遊歩道はない。
風呂川 柳原の堤(前橋)
土手の土質は砂礫のため厚さ90cmの粘土を樋状にして水が流されている。風呂川に落ちると粘土で滑り易く、加えて流れが強く、昔から「人とり川」と呼ばれていた。
風呂川 柳原の堤(前橋)
前橋市民でもこの話を知っている人は少ない。私はこの話を知っていて土手を歩いた。落ちずに済み安堵した。

つづく…

テーマ : 国内旅行
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前橋の歴史と地形・風呂川(1)【前橋フィールドワーク】

前橋 河岸段丘
利根川の旧河道が分かる河岸段丘を線で引くと新河道との分岐点がみえる。その場所を拡大すると四方を囲まれた1級スリバチ地形がある。
風呂川 るなぱあく(前橋 )
「るなぱあく(中央児童公園)」だ。南西側は自然の高台、南東と北東側は人工的な土手になっている。この土手の上を風呂川が流れる。
るなぱあく 中央児童遊園(前橋)
風呂川は前橋城(厩橋城)に上水を供給するため戦国時代に作られたと考えられている。

風呂川の由来は上杉謙信が入城した際に風呂の水に使われたとか城の内情を知られないために「風呂」という名を使ったとか言われている。
風呂川 るなぱあく付近(前橋)
つづく…

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さいかち窪(皀莢窪、槐窪)【小平霊園ショートショートフィールドワーク】

さいかち窪(小平霊園 東京)
東京はお盆が7月15日ということで小平霊園へ。霊園内には雨が多いと水が流れる「さいかち窪」がある。
さいかち窪(小平霊園 東京)
霊園の一角に雑木林になっており周遊すると林の中は窪地であることが分かる。
さいかち窪(小平霊園 東京)
北門付近は整備されており川筋や窪地が分かるようになっている。
さいかち窪(小平霊園 東京)
水は少しだけあった。ここは黒目川の源流であり水は多摩川でなく荒川方面へ流れる。
さいかち窪(小平霊園 東京)
武蔵野台地に分水嶺があることを再認識した。地図を確認すると興味深い場所だと分かった。
小平霊園付近の地形図
1、さいかち窪は四方が囲まれた1級スリバチ(たぶん人工的)。
2、小平霊園は谷戸の法則通り谷頭付近にある。
3、新青梅街道越しの谷間は柳窪と呼ばれ柳窪神社には名湧水がある。
4、小平霊園は東村山市(西)、小平市(東)、久留米市(北)の境界線が集まる場所、。
5、周囲には1級スリバチ地形らしき場所が数多くある。
6、さいかち窪と柳窪は標高65m付近でこの辺りの帯水層は枯れている可能性がある。
小平霊園の市境
半ズボンで夏の盛んな下草に潜む蚊たちに太刀打ちできないと判断し雑木林の中には突入せず。

お彼岸が楽しみだ。

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第36回足立の花火(2014年)

第36回足立の花火(2014年)
【クリックで拡大】

毎年恒例の足立の花火。今年は芝生に油性スプレイと場所取りで世間を騒がせた。人ごみが嫌いな私はよっぽどの事がないといかない。新居に引っ越して以来、少し遠目だがベランダから花火を見ることができる。外出予定が急になくなり居眠りをしていると「ズドン、ドン」という音で目が覚めた。近くにあったカメラを物干し竿の上に乗せ適当に撮影した。適当に撮ったから使えるのが一枚だけ。クライマックスが近付くと高さ634mの東京スカイツリーが覆い隠されるほどの豪快さだった。写真には左上にスカイツリーが少しだけ写っている。

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前橋のプチ河岸段丘と馬場川【前橋フィールドワーク】

現在の前橋市街地は15世紀の中ごろまで利根川の旧河道だった。坂東太郎と呼ばれた暴れ川は洪水のごとに流れを変えていた。
前橋6-001
地形図を北西から南東に貫く河岸段丘から旧河道の流路が分かる。現在は旧河道右岸の段丘に沿って馬場川が流れる。河岸段丘は小規模ながらもかつての利根川に思いを馳せるのに十分なメリハリだ。
馬場川(前橋)
前橋市本町3丁目17番の馬場川
馬場川と河岸段丘(前橋)
前橋市本町3丁目17番の河岸段丘
馬場川通り(前橋)
馬場川通り
馬場川通りの河岸段丘(前橋)
馬場川通りの河岸段丘
馬場川通りの河岸段丘(前橋)
馬場川通りの河岸段丘
国道17号線、千代田町一丁目交差点の河岸段丘(前橋)
国道17号線、千代田町1丁目の交差点あたりは馬場川が暗渠になっているが河岸段丘ははっきと分かる。
船つなぎの石(前橋)
「船つなぎ石(伝)」が中央通り近くの馬場川通りに残されている。旧河道に流れがあった頃の「一里の渡し」で使われた船をつなぐための石と伝わる。

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前橋公園の「さちの池」【前橋フィールドワーク】

前橋公園 さちの池
前橋公園の「さちの池」。池は「羽を広げた鶴」とされる群馬県の形に作られている。地上から見てもいまいちピンと来ないので群馬県庁の32階、地上127mの展望ホールから見た。
前橋公園 さちの池
群馬県の形だ。群馬県民が県の形にこだわる理由は「上毛かるた」にある。上毛とは群馬県の古称で上毛かるたとは1947年に発行された郷土かるただ。
群馬県庁
群馬県に関する人物、土地、出来事が読まれている。県内では子供の頃から親しまれている。一枚の札に「つる舞う形の群馬県」と読まれている。

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広瀬川の水量と水勢【前橋フィールドワーク】

広瀬川、広瀬用水(前橋)水勢
前橋の広瀬川。市街地の川としては水量、水勢が尋常でない。濁流の様な勢い、豊富な水量は他に類をみない。交水堰(こうすいぜき)はまるで小さな滝だ。
広瀬川、広瀬用水(前橋)交水堰
広瀬川の両岸には柳。中央前橋駅の歩道橋から見る広瀬川は絵になる。利根川から取水され利根川に再び合流する疎水で江戸時代は比刀根川と呼ばれた。
広瀬川、広瀬用水(前橋)中央前橋駅付近
灌漑用水や産業に利用され人々の営みを支えた。別名は広瀬用水で農林水産省の疎水百選に選ばれている。

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前橋のわびさび【前橋フィールドワーク】

前橋のわびさび。

年を重ねる毎に「もののあわれ」を知り、古いものに趣を感じるようになった。そんな視点から選んだ前橋のわびさび写真4点。方丈記の冒頭文が頭によぎる。

「ゆく河の流は絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。」

時の流れの中でこれらの風景もいずれ消えてしまうのだろう。
群馬県前橋市三河町1丁目16付近
群馬県前橋市三河町1丁目16付近
群馬県前橋市三河町1丁目16付近
群馬県前橋市三河町1丁目16付近
群馬県前橋市城東町3丁目1付近
群馬県前橋市城東町3丁目1付近
群馬県前橋市千代田町1丁目1付近
群馬県前橋市千代田町1丁目1付近

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前橋で絵になる風景【前橋フィールドワーク】

広瀬川と上毛電気鉄道上毛線の中央前橋駅
前橋で絵になる風景。広瀬川と上毛電気鉄道上毛線の中央前橋駅。

市街地を流れる川としては水量が豊富な広瀬川と赤城山南麓を東西に横断する鉄道の発着駅がワンフレームに収まる。使用されている車体は東京の井の頭線で使用されていた京王3000系だ。

1998年から2000年に譲渡され改造が施され現在まで使用されている。個人的に少年時代にお世話になったデザインでなつかしさと同時に未だ現役である事への喜びを感じる。
中央前橋駅改札駅
中央前橋駅の改札。ちなみにこの日の気温は35度。広瀬川の水温は19度だった。
広瀬川と上毛電気鉄道上毛線の中央前橋駅
iPhoneで撮影した一枚。こちらの方が全体像が分かり易い。

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群馬銀行中央支店跡地駐車場【前橋フィールドワーク】

群馬銀行中央支店跡地駐車場
前橋フィールドワークで感動した場所。他に類を見ない斬新な駐車場だ。骨格だけ残る群馬銀行中央支店跡地が駐車場として利用されている。屋根がありそうでない、立体ぽくて立体でない、超芸術トマソン的でありながら無意味な存在ではない。支柱の位置と駐車場の区画がぴったりだ。予算の関係で骨格は残されたのだろうが妙な深みを感じる骨格と利用法だ。前橋の中心である中央通り商店街の横にさりげなく佇む。現代アートとして保存して欲しい…。

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七夕まつりに遭遇【前橋フィールドワーク】

前橋6-001
1年振りの前橋フィールドワーク。「七夕まつり」の日と重なり普段は閑散とした商店街に途切れることのない人の波が押し寄せていた。
前橋七夕まつり2014/7/12
同等の賑わいを見たことがある。1月の「初市まつり」の時だ。「前橋三大まつり」のもう一つ、10月の「前橋まつり」の日はどうなのだろうか?
前橋七夕まつり2014/7/12
車社会の現代、人々は中心街から郊外へ行動範囲を移している。中心街活性化には伝統的イベント以外にも魅力的なイベントが必要なのだろう。
前橋七夕まつり2014/7/12
歩行者天国を活用したイベントなどが良いかもしれない。

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出山横穴墓群8号墓(三鷹市大沢2丁目)【国分寺崖線フィールドワーク】

出山横穴墓群8号墓(大沢二丁目)
出山横穴墓群(大沢二丁目)。国分寺崖線の法面に7世紀に造られた10基の横穴墓群。三鷹市内では7群63墓が見付かっている。
出山横穴墓群8号墓(大沢二丁目)
公開されている8号墓では崖線の地質に合った立地と構造をうかがい知ることができる。ローム層という軟弱な地盤に造られているため天井をアーチ構造で支えている。
出山横穴墓群8号墓(大沢二丁目)付近の崖線
また、崖線の最高地下水位を考慮して目安になる東京パミス層という箱根の火山噴火で積もった層の上に造られている。墓の床には河原の石が敷き詰められている。
三鷹市大沢2丁目-004
崖線に沿って野川が流れている。

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大沢の里(ほたるの里)【国分寺崖線フィールドワーク】

大沢の里(ほたるの里) 三鷹市
大沢の里。三鷹市大沢2丁目に残された国分寺崖線の古の風情を楽しめる。野川沿いの遊歩道から田んぼへと入る。湿性花園、わさび田などもある。
大沢の里(ほたるの里) 三鷹市
「ほたるの里」、「崖のみち」とも呼ばれレンゲ祭り・田植え・ホタル祭り・稲刈り・収穫祭などが年間通して行われている。
大沢の里(ほたるの里) 三鷹市
道を奥まで進むと武蔵野の雑木林が広がる国分寺崖線への道がある。この辺りの緑は大沢緑地として保護されている。
三鷹市大沢2丁目-003

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小さな湿地帯と豊富な湧水【国分寺崖線フィールドワーク】

三鷹市大沢2丁目の小さな湿地帯
三鷹市大沢の「第七中学校脇階段」を下ると小さな湿地帯があった。蛍と書かれた看板がある。きっと見れるのだろう。
三鷹市大沢2丁目の湧水
道路に出て湿地帯を回り込むと湧水が流しっぱなしにされていた。贅沢な水量だ。国分寺崖線の崖下、標高41m付近。深大寺の湧水群と同じ標高だ。

武蔵野台地の帯水層の高さを物語っている。
三鷹市大沢2丁目野川沿い
この辺りは野川のすぐ横あたり。水と緑の散歩道に気分上々だ。
三鷹市大沢2丁目-002

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(後編)三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道【国分寺崖線フィールドワーク】

三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道「第七中学校脇階段」
これこそ国分寺崖線の階段らしい階段。「第七中学校脇階段」が遊歩道の最後に待っていた。500mほどで15.5mの標高差があり崖線の法面を体感できる。実測で斜度が30°を超える部分もあった。

この遊歩道はギャップを楽しめる道でもある。
三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道
まずは前編でも紹介した前半の緩やかに蛇行する階段、国分寺崖線の絶景を楽しめる開けた平坦区間だ。そして景色は一変して武蔵野の雑木林に囲まれた林道区間になる。
三鷹市大沢2丁目-001
最後に崖線の等高線に沿った平坦な道の終わりに直滑降階段がやってくる。全長わずか430m程度の区間なのだが高低差と景色の変化が相まってその満足度は距離の長さに比例しない。
三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道の断面図

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三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道(前編)【国分寺崖線フィールドワーク】

三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道
この遊歩道に名前はないのか?三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道と呼ぼう!歩き涯のある階段と国分寺崖線の絶景が見事だ!正面には味の素スタジアムが見える。
三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道
都営住宅の横から全長約0.85km、標高差約14.5m、平均斜度10°程度の階段を登り続け長谷川病院の横を過ぎると絶景がある。運が良ければ富士山も見えそうだ。
三鷹市大沢2丁目
三鷹市大沢2丁目の国分寺崖線遊歩道(後編)へと続く…。

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株式会社巨摩流体研究所【国分寺崖線フィールドワーク】

株式会社巨摩流体研究所
「株式会社巨摩流体研究所」。国分寺崖線フィールドワークの途中で見付けた看板。巨摩(こま)とは甲斐国西部のことで古代からある呼び名。
株式会社巨摩流体研究所
敷地内を除くと工事車両が入っており何やら作業をしていた。反対側の門柱を見ると薄らと「株式会社 品川測器製作所」と書かれた看板と「細田」と記された表札がある。
株式会社巨摩流体研究所
会社名を検索とすると昭和22年創建の大田区大森に本社のある現役の会社だった。代表者は細田さん。検流計も製造しており流体と関連性があるとも言える。
東京都三鷹市大沢の地図:マピオン - Google Chrome 20140708 55700
さらに検索すると日本年金機構の「持ち主不明記帳にある事業所名一覧」に「株式会社巨摩流体研究所」が載っているではないか!

2chの怪しい情報だが調布飛行場に近い立地から飛行機の計器を作っていた会社の様だ。バブルがはじけて売れなくなったそうだ。

でも、持ち主不詳の事業所と現役会社が同居しているミステリーは解決できず…。

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古八幡社(三鷹市大沢5-1-16)と周辺社寺【国分寺崖線フィールドワーク】

古八幡社(三鷹市大沢)
古八幡社(三鷹市大沢5-1-16)は国分寺崖線と野川の間に位置する。創建年は不明。1595年に創建された大沢八幡社の旧地とも伝わる。その大沢八幡社は1616年に長久寺開山に伴い羽澤に遷座され應神山本智院と称された。
大沢八幡社(三鷹市大沢)
大正6年に東京天文台並びに国際報時所建設のため人見街道沿い(三鷹市大沢3-7-15)に移転される。この事から大沢八幡社は江戸、明治の頃に国立天文台の敷地の長久寺に近い所にあったと推測できる。
国立天文台-001
しかし、知る限り羽沢という地名は崖下の羽沢小に残されているだけだ。昔は大沢村の広範囲で羽沢と呼ばれる所があったのだろうか。また長久寺は大沢の谷頭に位置していることが興味深い。

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国立天文台の丘と森【国分寺崖線フィールドワーク】

国立天文台の丘と森(三鷹市)
国立天文台の丘と森。東京都下の三鷹市に広範囲の雑木林が残されている。国立天文台のおかげだ。台地の標高は55~56m、崖下は39m台、高低差16m強と鮮明に武蔵野段丘と立川段丘を切り分けている。
国立天文台の丘と森(三鷹市)
湾曲する国分寺崖線と崖線に切れ込んだ大沢の谷が先端部を岬(鼻)の形状にしている。
三鷹市大沢-001

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三鷹市大沢【国分寺崖線フィールドワーク】

三鷹市大沢
三鷹市大沢。湧水による沢があったとされる場所。国分寺崖線に切れ込んだ谷間。水が流れていた記録は残されていない。沢の入り口部分の標高は39~41m、台地上は50~56mと高低差がある。
三鷹市大沢1-9の階段
大沢1-9の階段は斜度がきつい場所に設けられ法面の住宅へアクセスを可能にしている。多摩川の旧河道が削ったとされる国分寺崖線。現在は野川が流れている。大沢の辺りは異質のえぐれ方をしている。
三鷹市大沢1-9の階段

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三鷹市大沢4ー8の階段【国分寺崖線フィールドワーク】

三鷹市大沢4ー8の階段
三鷹市大沢4ー8の階段。実測で27.8°の斜度があった。
三鷹市大沢4ー8の階段
標高差8mの階段を登り切ると崖上からの眺望が楽しめる。
三鷹市大沢4ー8の宅地造成
崖線の法面に宅地造成が現在進行形で行われていた。
深大寺から大沢へ-002
今頃は造成は終わり住宅が作り始められているかもしれない。

国分寺崖線フィールドワークの醍醐味は法面に所狭しと建つ住宅と急勾配の階段だろう。造成過程を見る機会は希少で貴重な記録ができたと思う。

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国分寺崖線のビュースポット、三鷹市大沢4-3、6の坂【国分寺崖線フィールドワーク】

国分寺崖線のビュースポット、三鷹市大沢4-3、6の坂
国分寺崖線のビュースポット。三鷹市大沢4-3、6にある高低差約10mの坂。異性に対する好みがある様に坂にも好みがあると信じている。
国分寺崖線のビュースポット、三鷹市大沢4-3、6の坂
個人的には折り返しのある坂が好きだ。似たような坂に文京区の異人坂がある。この辺りは三鷹市大沢4丁目と調布市深大寺4丁目の境が建物ベースで入り組んでいる。
深大寺から大沢へ-001
興味がある方はMAPIONで。標高47m台の坂上から臨む景色が清々しく感じられる。フィールドワーク一行は景色よりも背後の家にある不思議な物体に釘付けになっていた。
国分寺崖線のビュースポット、三鷹市大沢4-3、6の坂

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